鹿児島の国道226号は、錦江湾の青い海沿いを鹿児島市内から南へ走るとても眺めの良い道路。
海の向こうの桜島、小さな商店街、松林、そして漁師町。
次々と変わる穏やかな景色は、数十キロの道のりを飽きさせない。
その道の途中に『野生ワナ捕り猪肉』と言う看板がある。
看板の下には空っぽの檻が数個転がっている。
つまり、「散弾銃等で撃ち殺していない猪の肉を売っていますよ」と言う意味である。
見る度に、檻は空っぽなので、ベジタリアンの私は胸を撫で下ろしながら車を走らせていた。
しかし、山が秋に色づき始めた肌寒い朝、檻の中に見てしまった。
前足をちょこんと交差させ、その上に頭を横にして眠るイノシシ。
そう大きくないが、ウリン坊特有の背中の斑点は無く、縞模様が走っている。
青年イノシシと言った年齢だろう。
撃ち殺した肉と生け捕りの肉に美味しさか何かの違いがあるのか私には知る由もないが、どちらも嫌だ。
その若いイノシシは、朝の日差しを浴び、おとなしい番犬のように寝ている。
その夜、私はそのイノシシを檻から逃がす為に、力持ちの男友達を無理矢理車に乗せ、226号を走った。
月が無い夜だった。
助手席に座る男友達は、「犯罪だぞ」と何度も言う。
「責任は私がとるよ。私は命迄も盗られないでしょ。イノシシは命がかかってんのよ」
「そりゃあ、その猟師だって生活がかかってんだろ」
「じゃあ、生計を変えればいいじゃん。何よ、今どきイノシシなんて。あなたはとにかく黙っててよ」
「仕事を変えるって、そんな簡単なもんじゃないぞ」
「ふん。死ぬわけじゃあるまいし、しかも食糧難ってわけないでしょ」
私はイノシシのように鼻を鳴らしながら吐き捨てた。
男は口では勝てないと思ったのか、もう何もしゃべらなかった。
空に瞬く星々が、真っ黒な海に吸い込まれいく。
ヘッドライトが『野生ワナ捕り猪肉』の看板を照らした。
車を静かに停めた。その家には明かりがついていない。
外出中なのか、もう寝てしまっているのか、私はドキドキしながら車を降りた。
男をせかし、檻の方へ歩く。
男が弱々しく懐中電灯を照らした。
一個も無い。
檻が全部無くなっていた。
あのイノシシもいなかった。
帰りの車の中、男友達は、自分の友人の面白くもない話を一人で面白そうにしゃべっていた。
遠くで、点いたり消えたりするはかない燈台の明かりが、イノシシの命の灯火のようだった。
※逃げさせられなくて、とても残念な話です。
ごめんなさい。いのしし…。
最近は車もないし、その店の前を通ることもないので、どうなっていることやら…。